【発達障害かもしれない】息子が”自閉症”と言われた時

先日、息子の定期受診のために発達の専門病院に行ってきました。

発達の病院では、児童精神科を受診します。

そこで、精神科医と軽くお話をしたり、投薬の処方を出してもらっています。

息子が自閉症と診断された病院で、息子が2歳の時から通っています。

予約制なので普段は待っても30分といったところですが、今回は、1時間半も待たされてしまいました。

前の方がなかなか出てこなくて。

待合室も混雑し、みんな診察室のドアが開くのを待っていました。

ようやくドアが開く気配があり、どんな方が出てくるのか、私も含めみんな注目していたと思います。

すると、ドアが開くと同時に女性の泣き声が。

見ると、看護師さんに抱えられお母さんらしき女性が出てきました。

続けて、気の弱そうなお父さん。

最後に、楽しそうにルンルンで出てきた女の子。

本来ならばそのままお会計のため、同じ待合室で待ちますが、その家族は別部屋に案内され、私が帰るまでには出てきませんでした。

きっと、障がいを宣告されたのだな。

すぐに想像が付きましたが、実際に病院で泣いている方を見るのは初めてで、私はちょっと圧倒されてしまいました。

お母さんと、小さい女の子の表情の対比も印象的でした。

そんな親子を見て、自分の時の記憶がよみがえりました。

障がいの受容については、テーマが重く、ここで書くことをずっとためらっていましたが、思い切って私の場合の障がい受容について書きたいと思います。

子どもに障がいがあるかもしれない

息子の障がいを自覚した頃

”うちの息子の育ちが遅い”

それは、息子が1歳過ぎたあたりから少しずつ自覚していました。

当時の息子の育ちについてはこちらに書いています👇

こんにちは。ご訪問ありがとうございます。 私には、自閉スペクトラム症と診断された息子がおります。 今回はその息子の成育歴について...

育児中、昼間の時間を持て余し、息子を支援センターや公園に連れて行くのですが、同じ年の子を持つママ友や、周りのお母さんと、「これできるようになった?」とか「最近こんな生意気なことを言うようになってね~。」という話をするのが辛かったです。

育児書には『成長を周りの子と比べないように』と書いてありましたが、ついつい比べて落ち込む私がいました。

言葉が出ない、それ以前に指差しが無くて、よくインターネット検索で”指差し”について調べていた記憶があります。

それから、”言葉が遅い”とか”成長+追いつく”なんかも調べていましたね。

今私が書いているような、発達障害の子を育てるお母さんの体験ブログなんかをよく読んで、うちの子とそっくりだなぁ、とため息が出たり、後で伸びた子の記事を見つけて希望を持ったり・・・

「やっぱりあれができない」とか、「最近伸びてきたからそのうちに・・・」なんて頭の中で堂々巡り。

1歳代は、息子の遅れが障がいなのか、ただ成長が遅いだけなのかは判断が付かなくて、どこかモヤモヤした気持ちで子育てをしていたと思います。

苦しかった気持ち

私は、福祉大学を卒業しています。

子どもから大人まで、少ないですが何人かの障がいを持つ方と触れ合ってきた経験がありました。

その上で、障がいの中でも、特に自閉スペクトラム症は、こだわりがあることの生き辛さ、コミュニケーションが苦手な故の苦労等、生きていく上で大変そうに見えたため、子どもを持つ前から

”自閉症だけは・・・”

と恐れる気持ちがありました。

多少の知識があったから余計に?子供の成長とか、気になる行動に敏感だったのかもしれません。

早くから、福祉関係、教育関係の仕事をしている友達に、息子の状態を説明したり、様子を見てもらったりしました。

専門家の友人
専門家の友人
男の子は成長が遅いから、個人差大きいよ。そんなに深刻にならなくても大丈夫。自閉症?そういう感じはしないけれど・・・

よく聞くなぐさめのアドバイスをもらっていました。

気をつかってくれているのがすごく伝わってきました。

支援センターの先生も親身になってくれたのですが、こちらは息子と関わる時間が長かったので、もう先生はほぼ確信があったのだと思います。

支援センターの先生
支援センターの先生
この子はあなたを選んで生まれてきてくれたのよ。
あなたがお母さんで、本当によかったわ。

そう励ましてくれました。

でも、私の気持ちはどんななぐさめも、励ましも、逆にイライラするというか、反発する思いで素直に受け取れる気持ちになれませんでした。

息子には、できれば普通に生まれて欲しかったし、普通に育って欲しいよ!
ゆり
ゆり

こういう時は何を言われてもダメですね。

私を思って言ってくれているのはわかっていたんですが。

それを好意的に受け取る気持ちになれませんでした。

暇な時間があると、つい色々考えてしまうので、気分転換に友達と食事に出かけたこともあったのですが、そうなると子どもの話題になるし、どこに行っても”ママ”である自分が付きまとって、人と接するのが嫌になることもありました。

親からも、やいのやいの言われるし、気分が落ち込みやすくなっていました。

解決への糸口をさぐる

何に悩んでいるのか

苦しかった時の気持ちを書きましたが、私の場合、その苦しい時間は、実はそんなに長くはありませんでした。

深く落ち込んで悩んだ時期は、息子が2歳になる前後の2~3ヶ月の間でした。

その間には、先程書いたようなに色々悩みましたが、苦しい時は自分の気持ちによく向き合っていたと思います。

どうして今自分は辛いんだろうか。何に悩んでいるのだろうか。
ゆり
ゆり

紙に自分の気持ちを書き、思い当たる原因を書いたこともあります。

字に起こすことで、気が付くこともありました。

すると、悩んでいる原因は、自分の息子への一方的な期待とか、勝手な思い込みだとか、取り越し苦労していることがいっぱいあることに気が付きました。

子どもへの期待が裏切られたからでは?

親ならば、自分の子どもに幸せな人生を願うと思います。

明るい未来のために、ちゃんと教育をしてあげなくては・・・

私は息子に対し、男の子だから運動ができるようになって欲しいと、まだ小さい時にジャングルジムや滑り台を買い与え、体を動かすよう促しました。

ここの幼稚園に通わせたい。

幼稚園に通い出したら、体操教室や英語教室にも通わせたい。

ピアノなんかも良いかもしれない。

園でできた友達を家にたくさん連れてきても良いように、こんな部屋作りをしなくては。

大きくなったら塾に通わせて、良い大学に進学し、将来はちゃんとした仕事についてもらって、結婚して、孫が生まれて・・・

こんな夢を描いていたのですが、子どもに”障がい”がある、となると、いっきにその夢が崩れ落ちます。

今ならばわかる、これ完全に親のエゴですね。

息子に対する一方的な期待。

息子が障がいのある子であった場合、私の息子に対する将来への明るい希望は叶えられないかもしれない。

自分の将来設計が思い通りにならないから苦しい

だから、私は今落ち込んでいる、ということに気が付きました。

子どもに希望を持つことは悪いことではないと思いますが、子どもの幸せを決めつけてしまっていたことに対し、反省をしました。

ずっと大変なのではないか・・・漠然とした不安

家族に障がいのある人がいたら、この先ずっと自分の人生が縛られるのではないか?

自分の時間が削られ、自由が制限され、気の休まらない人生が待っているのではないだろうか?

この先、この子は1人で生きていけるのだろうか?

私の寿命が尽きた後、誰がこの子の面倒を見てくれるのだろうか?

将来働けるかわからないし・・・お金がものすごくかかるのではないか?

そんな漠然とした不安が付きまといました。

だいたいは取り越し苦労で終わるはずですが・・・ね。

息子には悪いですが、私の人生終わった。

この子に障がいがあったら、私の人生にとって大きな汚点だ。

自分だけのことを考えて、そんなひどいことを思ったこともあります。

結論1:悩んでも、子どもの成長が早まることはない

何度も悩み、自問自答するのですが、最後にいつもこの結論にたどり着きます。

それは、『私がいくら悩んでも、泣いて落ち込み続けても、この子の成長が早まることはない。』ということ。

悩んでいても自分が辛いだけで、育児にも身が入りません。

母親の暗い表情は、息子にとってマイナス要因にはなってもプラス要因にはならないだろうと思いました。

発達障害は、生まれつきの脳に関わる障がいと言われていますので、薄まることはあっても、完全になくなることはないです。

それは、その子の性格であり、個性ですから。

なので、親がどうあがいても、どれだけ落ち込んでも、その子の背負う苦手さ、生きにくさ自体を無くすことはできません。

ただ、環境設定や周りのサポート等で、改善していく、社会に順応することは可能だと思います。

であるならば、悩んでいるだけ時間がもったいないと思えるようになりました。

かわいい時期はあっという間。

今この瞬間には2度と戻ることができないのだから、とにかく育児を楽しもう。

今、この子と笑おう。

そして、やるべきことをやるために前を向こう。

マイナス思考になりそうになると、ひたすら、「前を向こう‼」と気持ちを奮い立たせました。

結論2:一番苦しいのは子ども

親も苦しいです。

でも、一番苦しいのは子どもなのではないでしょうか?

言葉が出ないのは、きっと辛いことでしょう。

思っていることがある、伝えたいことがあるのにそれを伝える手段として一番手軽な言葉が使えない。

または、周りの人が何を言っているのか全く理解できない。

これは、よく外国にポンと1人で放り出されるような感覚と言われますね。

そうなったら、私だって不安だし、落ち着かないし、あっという間にストレスが溜まって、周りの人に八つ当たりすることもあるでしょう。

自閉症の感覚は、自閉症を持つ当事者自らが書いた書籍を読むと理解しやすいです。

私が読みやすかったのは、東田直樹さんの『自閉症の僕が跳びはねる理由』

自閉症当時者の本は他にも多数ありますが、彼が重度の自閉症というところがキーでした。

直樹さんは、重度の自閉症ですが、文章で自分のことを表現することができます。

その文章はすばらしいです。

彼は自分のことを、『壊れたロボットの中にいて、操縦に困っている人のよう』と表現しています。

出したくないのに大きな声が出る、こうしたくない、恥ずかしい、でも自分では止めることができない、コントロールができない・・・

この本を読んで『息子もきっと同じように苦しいのかもしれない・・・』と感じ、とても切なくなりました。

病院での診断

できるだけ早く、この子のために何かしてあげたい。

前を向かなければ❗

そういう思いに至り、発達相談や療育、病院を受診する運びとなりました。

息子は、定型発達の言語の表出遅れだけなのか、はたまた発達障害なのか。

まだモヤモヤした気持ちが残っていましたが、病院に行けばはっきりするだろうと。

うちの場合、お目当ての病院が予約でいっぱいだったため、まずは地元の小児科で診てもらったのですが、お医者様の口から「自閉症(のうたがい)」という言葉を聴いた時、霧が晴れるようにスカッとしたのを覚えています。

やっぱり私の見立ては正しかった。

病院から帰ってくる際は足取りが軽かったのを覚えています。

そして、家族には、どこか誇らしげに医者の診断を伝えました。

私、間違っていなかったでしょって😅

医師の診断を受け、これでもう、私のやることは決まった❗と。

これから自閉症の子を育てていく決意、覚悟ができたんだと思います。

でもまぁ、その時に大部分の受け入れはできても、多少の期待はありましたよ。

誤診とか、診断が変わるとか、成長でほとんど障がいとわからなくなってくれないかな・・・という。

その後に色々な場面に遭遇し、苦労し、先生や先輩ママ等に支えられ、だんだんと時間をかけて受容が定着していく・・・という感じです。

病院での診断は、私のようにスッキリしたという人と、深く落ち込んでしまったという人と、捉え方はさまざまです。

診断するお医者様との相性の問題もあるかもしれません。

私は、相談機関から医者の紹介を受ける際、率直に物を言う先生か、物腰の柔らかい先生か、どっちのタイプが希望か聞かれました。

診断する側のお医者様も、はっきり診断するってなかなか難しいようで、「自閉症に近い。」とか「今後通院して診断します。」といった曖昧な表現にとどまる先生もいらっしゃるようです。

特にグレーゾーンの子は最後まで診断がつかない、なんてこともあるでしょう。

そうなってくると、診断が得られてスッキリ・・・とは行かないかもしれません。

なかなか難しいところではあります。

早期療育の大切さ

子どもの発達については、悩んで良いです。

デリケートな問題ですので、受け取め方もさまざまだと思います。

私の周りにも、5年悩んだとか、未だに受け入れられないとか、そういう話はよく聞きます。

ただ、それによって子どもの療育が遅れることだけはないようにしていただきたいのです。

早期療育の大切さは、私もその当時は気が付きませんでした。

こんな小さい時から、こんなんやって意味あるの?

もう少しわかるようになってからでいいのに・・・と。

でも、今になって思います。

あの時にやっておいて良かったと。

療育は、できれば2歳、3歳の頃から始めると良いと言われています。

親が相談機関に足を運ぶのを躊躇し、療育を受けさせる機会を得られないことは、子どもの将来にとって実にもったいないことをしていると思います

あとから後悔しても、時は戻りませんから。

療育は、なんの障がい名もつかない子であっても、定型発達の子が参加しても無駄にはなりません。

少し遅いかな?くらいの子が受けたって良いものです。

念のためやっておくか・・・くらいな気持ちで取り組んでもらいたいものです。

行政も、早期療育の大切さがわかっているからこそ、1歳半の検診などを大切にしています。

どうしてこんなに幼い時に、親が傷つくようなことを言ってくるのか。

発達についての指摘をされた時は、怒りがこみあげてくるのは普通かと思います。

反発心から、私も最初の相談予約を蹴りました。

自分の気持ちの整理で、子どもの事を考えてあげる余裕がありませんでした。

でも、子どもに何がしてあげられるのか?と考えた時に、まずは療育に通い専門家からの指導を受けることが一番だということに気が付けました。

未就園児の療育の場に参加するメリットには、親にもあります。

同じ悩みを持つお母さん方に出会えることです。

参加している大半の方が、子どもの発達についてまだまだ整理ができない、受け入れられない気持ちを抱えています。

私の場合も、支援センターなどで出会ったお母さんとは話せないようなことを、同じ療育を受けているお母さんには話せました。

専門家の先生にはお話は聞いてもらえても、ちゃんと共感してもらえた、と感じることは少なかったのに、同じ境遇のお母さん方とは心から共感できて、なんとも心強い気持ちになったのを覚えています。

やっぱり(発達に課題がある子を)育てたことがある人にしかわからないことがあるよねって。

子どもの療育に参加することで、親の気持ちも軽くなるかもしれません。

また、子どもの知らない一面も、きっと見えることでしょう。

家にいる時とは違った行動をするとか、知らない先生には反応しないとか。

子どもの事をより深く知るきっかけになるかもしれません。

とはいえ、地域によっては療育施設がいっぱいで、受けたい❗と思った時には既に空きがない・・・なんてこともあると思います。

そういう事も考慮して、お子さんが小さいうちから手をあげて欲しいと思います。

後で後悔しないために・・・。

私の場合の息子の療育については、こちらの記事にも書いています👇

今回は、息子の幼稚園入園前まで行っていた療育のお話です。 自閉スペクトラム症の息子は、2歳1ヶ月から療育を始めました。...

最後に

受容について、同じ障がいのある子を持つママ友の話を聴くと、多くの人が長い時間とても苦しかったと言います。

人に何かを言われたから受け入れることができた、という方はおそらく少なくて、1つ1つ丁寧に、自分の気持ちを噛み砕いて、呑み込んで消化していくしかないのかなぁと思います。

また、子どもの障がいの種類、程度、いつわかったのか、いつから障がいと呼ぶ状態になったのか等の違いもあることでしょう。

だんだんと時間をかけて、みんなそれぞれの形で受け入れていく。

そのスピード、程度は違って当然です。

辛くて当たり前です。

受け入れ難いのが普通です。

そして、それを乗り越えた先に何があるかというと・・・

前述のとおり、私の場合、子どもについて悩んだ原因は、自分の将来設計が思い通りにならないから、私の期待するような息子にならない可能性が高いからでした。

でも、息子の障がい対して受け入れができた今、こういった子どもへの欲をほぼ捨て(ほぼです😅)息子そのものを見ることができる生活がとても気に入っています。

勉強して欲しいとか、運動ができて欲しいとか、そういう願いじゃなくて、心穏やかに、心身ともに健康で安定した毎日を送ってくれたなら・・・と思います。

そして、些細な成長をとてもうれしく感じることができます。

未熟な親だった私は、息子から本当の子育ての楽しみを教えられた気がしています。

今、心から思う事は、息子が息子でよかった。

私の子が、息子でよかった。

今は、息子が少しでも社会で生きやすくなって欲しいとは思いますが、息子の障がいが消えて欲しいとは思いません。

息子が息子でなくなってしまうからです。

ありのままの彼を愛せている、今の生活がとても幸せです。